2011年 04月 21日
震災直後に住職が配ったもの
屋根瓦の崩落向拝の破損、壁の剥落、祀ってあった位牌がほとんど大破。初日はあまりの無惨さに圧倒され、無言で頭を下げて廻っただけだったという。
墓石の倒壊、十年前に完成した鐘楼の基礎がずれる。
「それでも津波が来なかっただけまだマシでした」と登嶋弘信住職(75歳)は話す。
「経験したことのない揺れでした。思わず家内と外に飛び出し、庭の大木にしがみつきましたが、揺れが収まらないのです。本堂の屋根瓦がガラガラ落ちてくるわ、ガラスもバリバリ音を立てて割れ、境内のいたるところに地割れができ、生きた心地がしませんでした。」
高久寺から二百メートルほど離れた骨津川は逆流してきた海水で氾濫し、檀家総代長の人家が床下浸水したという。
住職はすぐに檀家総代長の名で「このたびの大震災を心からお見舞い申し上げます。お互い情報を共有し、助け合って環境の回復につとめましょう」とチラシを作成し、各檀家に配布した。
さぞ檀家には心強かったにちがいない。たった一枚のお寺からの通知だけでも人の心を救うものだろう。
高久寺がある平下高久地区は、東京電力の福第一原発の爆発で放射線物質が大気中に飛散し、地震と津波に加え放射能被害にも不安を抱え、なおかつ風評被害が加わり、外からの援助隊も物資の搬送もなく、いわば孤立させられ、最悪の被災下にあると、目を潤ませた。(寺門興龍4月号より)