3.11が替えた価値

1000年に一度の大震災と、人類史上最悪の原発事故に日本は見舞われた。
戦後初めて直面する危機は、それまで当たり前だった生き方や日々の暮らしを大きく替えた。
「3.11」を境に、人々の意識と価値観はどのようにかわったのか?
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「サンデー毎日」2011年5月29日
貴重品になった空気と水
玄侑宗久氏サイトより

私は福島第1原発から西に約50キロの福島県三春町に住んでいます。震災前はまったくなじみのなかった放射線と接することになり、毎日風向きや放射線のモニタリング値を気にするようになりました。それまで、水道水や空気がおいしくて安全なのは当たり前だと思っていましたが、震災後は貴重な存在だったことに気付かされました。 





同時に、浄土真宗の教えにある「自然法爾(じねんほうご)」という言葉を思い出しました。親鸞が86歳の時に門弟に出した手紙の冒頭に揚げた言葉です。「いかなる人為を尽くしたとしても、しょせんは落ち着く所に落ち着く。人為はやめて自然の流れに任せよ」との意味が込められています。人間の力で自然を支配することの限界を思い知らされました。
 日本人の多くは、最新の科学技術で自然はコントロールできると思い込み、海岸線に防潮堤を築きましたが、津波は堤を越えて甚大な被害をもたらしました。防災に関して言えば、「防潮堤を築いて津波を防ぐ」と自然と対峙する手法より、「もっと安全な場所を確保して避難する」といった調和の方法を探るべきではないでしょうか。自然は命の源でもある水や空気などの“恵み”をもたらしてくれます。自然は支配の対象ではなく、畏敬の念を抱くべきものなのです。
「東日本大震災復興構想会議」の委員を務めています。私の復興案の基本は、東北ならではの自然への信仰や、地域のコミュニティーの在り方をいかに保持して再生するかということです。自然への畏れを持って恵みに感謝する生き方は、もともと東北地方には根付いていました。経済原理を優先させるのではなく、こうした価値観を尊重する必要があると思います。
 ニュースでは、家族や地域のつながりが濃い様子が都会の人たちにも伝わっているようです。都会は隣の人の顔がわからない「無縁社会」になっていますが、東北にはうっとうしいほどの近所付き合いがあります。午前10時あるいは午後3時にはご近所同士が集まって、漬け物をつまみながらお茶を飲む。世間話に花を咲かせて「あの家の娘はどこに勤めた」などの個人情報まで皆が知っています。その煩わしいと思うほどのコミュニティーが孤立を防ぎ、立ち直るきっかけを与えてくれています。
 都会で希薄になりつつある近所付き合いのよさが、震災後再び見直されてきているそうです。それは、東北に根付く価値観が受け入れられた証拠だと認識しています。 
by seiryouzan | 2011-05-29 15:11 | 地震関連