猫版スイミー?

本堂に行く途中何気に外を見たら・・・・え?えええ~?!
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雨が降ったり止んだりと落ち着かない天候のなか、軒下に長~~い物体!いつの間にか住みついた猫の家族が葦簀でのんびり日光浴の真っ最中でした。それにしてもキレイに一列。
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上空を旋回するカラスからは長い物体くらいにしか見えないかも・・・これってスイミーの世界~~!親猫が2匹、子猫が4匹で長くなってます・・・
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スポーツナビより

斜陽と言われたフェデラーが聖地で示した“正しさ”=ウィンブルドンテニス (1/2)
2012年7月9日(月)
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マレーを破り、ウィンブルドン7度目の栄冠を手にしたフェデラー【Getty Images】 芝の王者が、いまだその支配力と威光が健在であることを示した捲土(けんど)重来の日――。同時にそれは、英国の夢と希望が打ち砕かれた瞬間でもあった。
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 ウィンブルドン男子シングルス決勝、ロジャー・フェデラー(スイス)対アンディ・マレー(英国)。どちらが勝っても歴史が生まれる一戦は、両者にとっても間違いなく、それぞれのキャリアにおいて最も重大な試合の一つであった。

 テニスの聖地を自負する国に生まれ、国民の期待を一身に受けながら、未だグランドスラムタイトルに届かぬ25歳のマレー。史上最強の選手とうたわれ、そのあまりに輝かしいキャリアゆえに、世界3位であるにも関わらず“斜陽”とささやかれだした30歳のフェデラー。両者にとり、この試合で勝つこととは、自己の存在証明にもつながるものであった。

 マレーのグランドスラムにかける思いの大きさを物語る試合としては、2010年の全豪オープン決勝が真っ先に思い出される。この時の対戦相手も、フェデラー。1セットも奪えず敗れた当時22歳の敗者は、表彰式のスピーチで「応援していてくれたチームの人たち、そして国民のみんな。いつか必ず、優勝してみせる。それが今日でなくて、ごめん……」と言うと言葉をつまらせ、大粒の涙を流したのだった。普段は無表情とシニカルな言動で知られるマレーの突然の涙は、虚勢の仮面を洗い流し、繊細な素顔をあらわにする。そして、その様を傍らで見守っていたフェデラーは、歴史の重みに押しつぶされそうになるマレーの背に、「アンディ、心配することはないよ。君ほど才能のある選手が、優勝できないはずがない」と声を掛けたのである。

■マレー、フェデラーとも歴史を背負った決勝戦
 月日のめぐりと選手たちの歩みの交錯とは、なんとも皮肉で運命的だ。

 確かにフェデラーが言うとおり、マレーはその後もタイトルを取るに十分な才能と情熱を示したが、どうしてもタイトルには手が届かぬまま、あの日から2年半の時が過ぎる。そして今回、ついに地元ウィンブルドンで英国人選手として76年ぶり、そして彼自身にとっても初のグランドスラム優勝をかけた、人生最大の大一番に挑んでいた。

 だがそのマレーの前に立ちはだかったのが、フェデラーである。しかもフェデラーにとっても、この試合は2010年全豪以来のタイトルを獲得するチャンスであり、世界ランキング1位復帰までがかかった最高の舞台の一つとなったのだ。そしてマレーが背負う歴史のことごとくは、対戦するフェデラーの側にも「そのような選手と対戦する者」として、重くのしかかってもいたのである。
 
 2012年ウィンブルドン決勝戦。過去3度グランドスラムの決勝で敗れているマレーは、「大舞台に弱い」との批判を打ち砕くかのように、この日は立ち上がりから攻めに攻めた。フェデラーの最大の武器であるフォアの逆クロスを封じるべく、あえてフォアのクロスの打ち合いを挑み、打ち勝っていた。深いストロークでフェデラーをベースラインに釘付けにし、ネットプレーをさせずにもいた。マレーは遮二無二勝利を奪いにいき、そして自分が栄光に値する選手であることを、全身全霊をかけ証明しようとしているようだった。

■自らのテニス観崩壊の危機にあった昨年の全米オープン
 では、フェデラーがこの試合で証明したものは、何だったか?

 それは彼が今なお芝の王者であり、現存する最強選手の一人であり、そして、勝利を狂気的に渇望するアスリートだということだろう。

「去年のウィンブルドン準々決勝でジョー(ジョーウィルフリード・ツォンガ=フランス)に敗れた試合、そして全米オープンでのノバック(・ジョコビッチ=セルビア)戦の敗戦は、つらいものだった」

 フェデラーは今大会期間中、何度もそのように、この2試合について言及していた。昨年のウィンブルドンでは、準々決勝で2セット先取していながら、ツォンガにまさかの逆転負けを喫した。そして同年の全米オープン準決勝では、自らのサービスゲームで2つのマッチポイントを手にしていながら、ジョコビッチの信じがたいリターンエースを機に崩れ去っている。

 特にこのジョコビッチ戦は、彼のテニス観そのものを崩壊させかねない、極めて危険な敗戦であった。試合後の会見で「どうして今、自分が敗者としてここに居るのか分からない」と困惑の表情で口にした姿は、今でも忘れがたい。ジョコビッチのリターンエースに関してこぼした「僕には、あの場面で、あのようなショットを打つことが信じられない。僕は堅実な組み立てが報われると信じているから……」との言葉から見て取れるのは、未知で異質なものに遭遇した際の当惑と恐怖。窮地にあって一か八かのギャンブルに出るジョコビッチの不敵さは、精密機械のように繊細で緻密なフェデラーのプレーやテニス哲学とは相いれない。もしかしたらこのときフェデラーは、得体の知れないものの台頭に直面し、自分の信じるテニスの価値観や常識が変わりつつあることを感じていたのかもしれない。

バーゼルでの優勝で振り払った疑念

11年11月のバーゼルを制したフェデラー。この大会で優勝以上のものを手にした【Getty Images】 だからこの後、フェデラーはしばらくの間コートを離れた。疑念を振り払い、自分のテニスが正しいことを、そして「必ず再びグランドスラムで勝てると信じるため」には、しばしの時間が必要だった。そして約2カ月後の11年11月、フェデラーは地元スイスのバーゼル大会で、決勝で錦織圭(日清食品)を破りトロフィーを掲げる。その時に見せた涙の深淵は、彼が20年以上掛けて築いたテニス観にあったのだ。

 そしてこのバーゼルでの優勝を機に、フェデラーはパリマスターズ、そして年間ベスト8の強豪のみが集う“ツアー最終戦”をも制している。「失いかけた自信や信念を取り戻し、12年には何かができると信じられたのはこの時だった」と、後にフェデラーは打ち明けた。同時に彼は、「今年は大勝負では、リスクを追って攻めていこうと決めていた」とも明かしている。今季のフェデラーは、自らのテニス哲学を土台としながらも、いざという時はそこに、挑戦者としてのがむしゃらさと大胆さを打ち立てる覚悟を胸に秘していたのだ。

■記録より深く刻まれた偉大な王者の記憶
 その彼の正しさを証明する場所には、やはり“テニスの聖地”であり、過去6度優勝してきたウィンブルドンがふさわしかった。かつてジョン・マッケンローに「彼が芝の上で踏むステップは、ピンが落ちる音も聞こえるほどに静か」と言わしめた流麗なフットワークは、今なお健在である。スライスやトップスピンを用いてオープンスペースを作り、そしてネットに出て繊細なタッチのボレーや豪快なスマッシュをたたきこむ理詰めのプレーは、伝統あるコートで映えた。

 さらに決勝では、天までもがこの“テニス界が生んだ最高芸術品”に味方したろうか。セットカウント1-1で迎えた第3セット。雨天のために屋根が閉ざされたことにより、「風の影響を受けなくなりサーブが安定した。だから、より攻撃的に攻めることが可能になった」とフェデラーは言う。コートから不確定な夾雑物(きょうざつぶつ)が排除されたことにより、フェデラーの緻密さは確実にポイントに反映されるようになったのだ。己の信じるものを一つ一つ積み上げ、再び到達した世界の頂点。3年ぶりとなるウィンブルドンの賜杯を慈しむように抱きかかえながら、フェデラーは「このトロフィーは、僕の手元を離れたことなんてないような気がするよ」と涙混じりの笑顔を見せた。
 
 どちらが勝っても歴史が生まれる一戦で、生まれた記録は数多ある。

 史上最多となる17個目のグランドスラムタイトル。ピート・サンプラスと並ぶウィンブルドン7回目の最多優勝回数と、やはりサンプラスに並ぶ286週の通算1位在位記録。さらにはアンドレ・アガシに次ぐ30歳335日での史上2番目のグランドスラム優勝年長者記録。

 だがそれらの大記録よりさらに大きいのは、“斜陽”をささやかれてなお、彼が示した強さにより、人々の心に刻まれた偉大な王者の記憶である。
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by seiryouzan | 2012-07-09 09:24 | 境内の鳥・動物・昆虫など