カテゴリ:大本山總持寺今月の伝道標語( 25 )

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私が本山にお勤めしていた時、修行僧からある話を聞かされたことがありました。歳を召した男の方が、まだ修行を始めたばかりの修行僧たちが、必死になって長廊下を雑巾がけする姿を、じっと眺めていたそうです。その男性が修行僧に話かけました。「私は、御本山に来るのが好きなんです。御本山に来て、修行僧たちが無心に作務をしている姿を見ると、ほんとうに心が洗われてとても楽になるのです。」そして、実は重篤な病に冒されていて、命がいつまで持つかわからないことを涙ながら話してくれたそうです。修行僧は思わずもらい泣きをしてしまったそうですが、あとで思い返して見て、とても不思議に思ったそうです。「自分たちは、ただいつものように長廊下を雑巾がけしていただけなのに、どうして男性の心をとても楽にすることができたのだろうか。」

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by seiryouzan | 2014-03-19 20:56 | 大本山總持寺今月の伝道標語

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二月十五日はお釈迦様のご命日です。この日、お釈迦様は入滅され、涅槃に入られたのです。涅槃とは、完全な悟りの状態を意味します。

お釈迦さまの最後のお姿は、原始仏典の『大般涅槃経』に詳しく説かれています。仏典によると、齢八〇になられたお釈迦様は、最後の説法のため侍者阿難尊者とともに、生まれ故郷ルンビニに向けて旅に出られます。その旅の途中体調を崩され、ついにクシナガラで入滅を迎えられたと伝えられています。入滅のご様子を伝えるものとして、現在私たちが身近に接することができるものとしては、涅槃図があります。世の無常を暗示する真っ白な花を咲かせた、二本の沙羅の木のあいだに、お釈迦様は静かに横たわっておられます。そのかたわら、お弟子たち、信者たち、さまざまな動物そして天神天人に至るまで、皆お釈迦様の入滅を嘆き悲しんでおります。対照的にお釈迦様は、少し薄眼をあけられた様子で、あたかもやさしく微笑んでおられるかのようです。この時、お釈迦様は、決して亡くなられてしまったわけではなく、完全なお悟りの境地に入られたのです。

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by seiryouzan | 2014-02-16 17:11 | 大本山總持寺今月の伝道標語

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私たちは、自分の心の中にある勝手な心で自分の欲のままに生きるのではなく、一人ひとりは「道器」すなわち、仏道修行の担い手であります。毎日がかけがえのない日々でありますので、その時、その時を大切に生きていかなければなりません。
そして、自分の修行を通して、仏道に行き、日常生活の中でそれを実践しなければなりません。修行とは生活そのものであります。

寒い季節がやってきました。北国では雪が降り、除雪の為につらい思いをしておられる方も多いことかと思われます。

私が住んでいる新潟では境内に二メートル程の雪が積もります。雪は真白で大変美しいものであると共に大変厳しい環境を私たちに与えます。

「欲深き、人の心と降る雪は、積もるにつけて、道を忘るる」と歌った人がいます。

自分の思うがままの欲を満たしたいと思い、とめどもなく生きてしまうと、人としての生き方に迷いを生み、人の道をはづれてしまう人がいます。


雪深い地方では、畑や道路に雪が積もり、元々ある畑や道路が消えてしまい、畑なのか道路なのか、分からなくなってしまうということです。
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雪にまつわる話で思い出すのは、笠地蔵という昔話であります。
一人のおじいさんが、自分で笠をつくり、町へ売りに出かけました。笠がたくさん売れ残り家路についていました。すると途中で、降り積もる雪の中に六地蔵様が立っておられます。頭には雪が積もり、お爺さんは、その姿を見て、寒そうでお気の毒だと思い、自分が作った笠を、お地蔵さまの頭にかぶせてあげました。ところが、一人分がたりません。おじいさんは、自分が持っていた手ぬぐいをお地蔵さまの頭にかぶせてあげました。

おじいさんは、自分の頭に降る雪をのせたまま合掌してお参りをしました。おじいさんは寒いけど、心がぽかぽか暖かくなり、ニコニコしながら、わが家に帰りました。

小学生のある少年が、この昔話の本を読んで、読書感想文を書きました。

「僕も、おじいさんの笠をかぶりたいな!そして、おじいさんのように思いやりがあり暖かい心で、我慢強くてやさしい大人になりたいです。」

仏教ではこの人間の世界を娑婆(しゃば)といいます。娑婆というのは、梵語ではサハーといいます。堪忍とか、忍土などと訳します。この忍土に生きるのが人間の生きる定めでありますので、生きる為には辛抱が大事になります。

子どものころに「辛抱」を身につけることは大切なことだと思います。

仏道修行にも辛抱が大切です。禅の教えは日常生活が仏道修行であります。お茶を出されていただく時に、茶の木を育ててくれた人のことまでは、日頃は考えませんが、確かに苦労をして育てた人はいます。そして、今、そのお茶をいただいている自分がいます。

仏道修行とは、お茶をありがたく、おいしくいただくことであります。ごちそうさん!

平成26年1月 (本山布教教化部 布教室長 川原敏光)
by seiryouzan | 2014-01-02 23:00 | 大本山總持寺今月の伝道標語

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至道とは、無上の大道、つまり仏道の事でございます。仏道とは厳しいものではないのです。

揀択とは、ものをえり好みすることです。 この教えは、信心銘という名がついているのに記されています。信心とは、心を信ずることであり、心が清らかなことです。

ある人から、相談を受けました。「大切な人を亡くしました。私の生きがいでした。これから、私はどう生きていけば良いでしょうか。」

私はその時、金子みすずの詩を思いました。



花のたましい

ちったお花のたましいは

みほとけさまの花ぞのにひとつのこらずうまれるの

だって お花はやさしくて

おてんとさまがよぶときに

ぱっと ひらいて ほほえんで

ちょうちょうにあまいみつをやり

人にゃ においをみなくれて

風が おいでとよぶときに、

やはり すなおについていき

なきがらさえも ままごとの ごはんになってくれるから。

              『(わたしはふしぎでたまらない)』


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by seiryouzan | 2013-12-08 23:02 | 大本山總持寺今月の伝道標語

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御本山では今、十一年後の平成三十六年にお勤めされる御開山・太祖瑩山禅師さまの七百回忌、そして再來年の平成二十七年にお勤めされる第二代である二祖峨山禅師さまの六百五十回忌に向けて、その準備を進めているところでございます。この五十年毎にお勤めされる御法事を大遠忌というのですが、その大遠忌のテーマを、現在の江川辰三禅師さまは「相承(そうじょう)」という御言葉でお示し下さいました。相承とは、師僧から弟子へ、そしてその弟子が成長し今度は師僧の立場となって、またその次なる弟子へと代々佛法を伝えて行くことです。御本山に於いては、まさに瑩山禅師さまから峨山禅師さまへ、そして峨山禅師さまから五院二十五哲と呼ばれる多くの優れたお祖師さま方へ、そしてその後も凡そ六百年の永きに亘り代々この相承が幾度も繰り返され、現在の大本山總持寺に至って、こうして今を生きる皆さんとありがたい佛縁を結べているのです。

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by seiryouzan | 2013-03-26 18:11 | 大本山總持寺今月の伝道標語

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『月の音』

「あなたは月の音を聞いたことがありますか?」

この問い掛けに対して、多くの方は不思議に思われるかもしれません。月は何度も見たことがあるけれど、音は聞いたことがない。そもそも月って音がするのと、そんな声が聞こえてきそうです。でもどんな音がするのでしょうか…。

先日、一枚の楽譜を演奏し、それを映像にしたという作品を見ました。ガラス張りの部屋の置かれた一台のピアノ、静かに演奏者は入ってきて椅子に腰をおろします。そして、ピアノの上にある一つの機具のスイッチを入れ、演奏を始めようと両手を上げた瞬間、映像は左に旋回していきます。そこには、その曲を聞こうと数人のお客が座っており、一人一人の姿を映しながらカメラは回り静かに一切の音がないまま映像は終わります。実はこの楽譜には休止符しかない無音の曲なのです。しかし、そのお客の表情には確かに曲が聞こえているようですし、それを見ている私にも確かに聞こえたような気がしました。

『二月十五日は涅槃会』
by seiryouzan | 2013-02-02 10:44 | 大本山總持寺今月の伝道標語

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お釈迦様から摩訶迦葉尊者へ仏法が伝えられた際のお言葉です。ある日、お釈迦様はたくさんの修行僧の前に無言で一輪の花をつまんで示し、まばたきをされました。修行僧らはその意味するところが解らず沈黙します。その中でただ一人、迦葉尊者だけが真意を悟って微笑みました。それを御覧になったお釈迦様は、「私の悟りの全てを迦葉に授けた」と述べられたのです。

福島県に住む曹洞宗の先輩和尚様から次の話を教えられました。もう少しで二年が経つ、東日本大震災に係わる出来事です。

震災後、福島県の葬儀社さんの組合では、津波に呑み込まれて命を落としたおびただしい数の御遺体を、きれいに処置して棺に納めるというボランティアに取り組んだそうです。それに参加していた葬儀社に勤めてまだ日の浅いお檀家さんの青年が、お寺を訪ねて来て和尚さんにとつとつと語り始めました。

海の水に漬かった御遺体ですので、それはそれは痛々しい状態の場合が多いそうです。青年は逃げ出したくなる気持ちを抑えて、自分自身に「お亡くなりになった人の為に良い事をしているのだ。きっと喜んでくれている」と言い聞かせ、気持ちを奮い立たせて頑張っていました。

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by seiryouzan | 2013-01-10 13:21 | 大本山總持寺今月の伝道標語

「同事行」の実践を
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『東京ディズニーランド』といえば子ども達から大人まで人気のあるテーマパークです。誰でも一度は訪れてみたい所であり、あこがれの場所でもあります。ここは三十年程前にオープン。以来ずーっと御客様が喜んでいただけるように」、満足してもらえるようにと「マニュアル」(決めごと)がきっちりと完備していると言われています。

ある時そのディズニーランドの中の一つのレストランでの出来事です。
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若い夫婦がそのレストランにやって来て、自分達の食事に加えて「お子様ランチ」を注文したのです。東京ディズニーランドのマニュアルでは「お子様ランチ」は九才以下の子どもにしか出さないことになっているのです。困ってしまったウェイトレスが訳を尋ねると、この若い夫婦はちょっと沈黙したあと「実はここに来ることを楽しみにしていた娘が、昨年事故で亡くなってしまったのです。今日はその娘の命日なので一緒にここで遊んで、一緒にここで食事をさせたくて・・・」

感動の続きはこちらから
by seiryouzan | 2012-12-14 20:49 | 大本山總持寺今月の伝道標語

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食べ物は私達の命をささえる大切なものです。私達の体は他の多くの命によって支えられているのです。しかし、私達を支えるのはただの食事だけではありません。

お釈迦様は、四つの食べ物があると説いています。

第一に丸めて食べる(団食(だんじき))、第二に接触という食べ物(触食(そくじき))、第三に意志(いし)という食べ物(意思食(いしじき))、第四に識(しき) という食べ物(識食(しきじき))がある。

More『相応部経典 2‐1』四食(しじき)の教え
by seiryouzan | 2012-11-11 19:01 | 大本山總持寺今月の伝道標語

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「坐禅は、たちまちに、参ずるものに、自らを存在せしめる根源に気付かせ、ありたいと願う本来の生き方に安住せしむ。」
坐禅は人をして本来の自分に安住せしむ

大本山總持寺を開かれた瑩山さまが、約七百年前に示された『坐禅用心記』の冒頭の一説です。 釈尊から正しく伝えられてきた坐禅の意義、こころえ、等はすでに道元さまによって『普勧坐禅儀』や『正法眼蔵』の「坐禅箴」の巻にまとめられておりましたが、それを基調にしながらも坐禅を行ずる者にとっての必要な心づかいや注意点を具体的にしるされたのです。

標題の「心地の開明」は、『坐禅用心記』の中ほどで、「心地を開明しようとする者が、さまざまな知識や分別、技術、名誉、名聞はもちろん、学んできた仏教の知識さえもなげうって、ひとすじに坐禅にむかうなら、迷雲は収まり、晴れわたり、こころも開けてゆく。」と示されます。

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不安、不信、挫折・・・の時代を生きる私たち

今、私たちは、快適さや便利さばかり追求してきたことで、大切なものを失いつつあります。わかってもらえない自分、切り捨てられる自分、貶められる自分、それに悲しみ困惑し失望しながらも、こころ安らぐ地で、こころ安らぐ人々と納得する生き方をしたいと願っています。

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by seiryouzan | 2012-10-09 11:28 | 大本山總持寺今月の伝道標語