牧ノ原市榛原文化センターで開催でした。
今年は東日本大震災追悼回向も読みあげられ、約700名の方々と安寧を祈り、
仏教婦人会会長様、牧ノ原市長様、仏教会会長様のご挨拶をいただきました。
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講演の講師は南こうせつさん実兄の南慧照老師(大分県、曹洞宗勝光寺ご住職)です。
演題『心の健康』~仏心は歌心~
慧照さんのHPはこちらから→南慧照出前歌説法
透き通る歌声にうっとり癒やされ、共に歌い、パワーを補充です。
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清興(せいきょう)は地元牧之原市ご出身の繩巻修巳氏による尺八演奏でした。繩巻修巳氏のHPは→こちらからどうぞ!尺八の音色は日本人の魂といっても過言ではありません。根底にある日本人のDNAを知らされるというか・・・聞き惚れる演奏に大感激でした。
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出迎えから見送りまで、暖かな役員の皆様の笑顔にホッとし、同行したご寺族さま方と楽しく出掛けた一日はあっと言う間に過ぎました。
来年は三島にて開催されるそうです。
by seiryouzan | 2011-10-29 14:06 | 行事や法要

サイパン島南に位置するテニアン島に渡るため、サイパン空港へ
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前回は高速船(現在運休中)で1時間ちょっと、セスナ機(7人乗り)だとナントわずか10分たらずでテニアン島に到着します。サイパンで一番高い山、タポチョ山が眼下に見えます。
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テニアン島の滑走路が見えてきました。
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着陸後、向かったのは南興神社跡です。緑に覆われ、朽ちかけていました。
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テニアン島は原子爆弾を搭載したB29が日本に向け飛び立った場所です。
B29エノラゲイがリトルボーイを搭載1945年8月6日午前8時15分(日本時間)広島に原爆投下し、8月9日ボックスカーがファットマンを搭載し、長崎に投下しました。ここでも長野県の修学旅行生と一緒でした。皆さん神妙な顔つきで説明を聞く姿が印象的でした。(写真はファットマン)
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溶岩がゴツゴツの潮吹き海岸、近づきすぎてちょっと濡れました。
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満州で先代が所属していた部隊がこの地で玉砕しました。偶然この慰霊碑を見つけた先代はその場に泣き崩れたそうです。それからは毎年、慰霊に訪れていました。亡くなる前「もう一度テニアンに行きたい」と願った先代の思いがやっと叶いました。合掌・・・
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by seiryouzan | 2011-10-27 17:56 | 行事や法要

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米アップルの共同創業者、スティーブ・ジョブズ氏公認の伝記「スティーブ・ジョブズ」(ウォルター・アイザックソン著、講談社)が24日、発売された。同著のほか、「アップルを創った怪物 もうひとりの創業者、ウォズニアック自伝」(ダイヤモンド社)などの翻訳者でもある井口耕二さんに、翻訳する中で印象に残ったジョブズ氏と日本とのかかわりや、家族のエピソードを中心に紹介してもらった。【まとめ・岡礼子】

【知りたい!】ジョブズ氏:寿司屋で友人と「お別れ会」週3度も 今年夏
◇禅への傾倒ぶりはかなりのもの
 もともと、禅に傾倒したのは、60~70年代のアメリカ西海岸で東洋思想の流行があって、興味を持ったということのようだ。若気のいたりで「かじってみた」という人も多いと思うが、彼(ジョブズ氏)はかなりまじめにやった。永平寺(福井県)に行って、出家しようとまで考えたということは、今回(翻訳して)初めて知った。出家は、禅の師匠、知野弘文氏に止められたという。
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鈴木俊隆老師(すずき しゅんりゅうろうし 1905年5月18日 - 1971年12月4日)
昭和の曹洞宗の僧侶。アメリカに禅を広めた。
<<経歴>>
神奈川県平塚市の曹洞宗松岩寺の生まれ。12歳で静岡県森町の蔵雲院の玉潤祖温和尚に弟子入りする。駒澤大学在学中に蔵雲院住職となる。1930年駒澤大学卒業。永平寺、總持寺で修行。1936年静岡県焼津市林叟院住職。wikiより


1959年、55歳でアメリカに渡り、サンフランシスコの曹洞宗寺院桑港寺の住職となる。桑港寺は日系人向けの宗教活動を主にやっていたが、鈴木は日系人に限らず全てのアメリカ人対象に禅を広めようとし、1961年サンフランシスコ禅センターを設立する。1967年カルメル渓谷近くの山中のタサハラに禅マウンテンセンター(禅心寺)を設立。1969年禅センターは桑港寺より独立、公案を用いない只管打坐の曹洞禅のアメリカへの普及に貢献した。1971年12月癌で死去。死去の2週間前、法嗣(ほっす 後継者)にリチャード・ベーカーを任命した。

アメリカ仏教界へ与えた影響は大きく、1998年5月にはスタンフォード大学で、「鈴木俊隆学会」も開かれている。

"Zen Mind, Beginner's Mind "は45ヶ国語に翻訳されている(日本語訳は「禅へのいざない」)。



師匠は、知野氏(改名後、乙川氏)と鈴木俊隆氏の2人。鈴木氏は彼(ジョブズ氏)が住んでいた米カリフォルニア・ロスアルトス近郊で禅を教え、知野氏はサンフランシスコ禅センターで座禅の会をやっていたという。彼(ジョブズ氏)は結婚式も仏式で、お経を上げた。東洋思想のなかで、なぜ禅になったのかという経緯は分からないが、かなりの傾倒ぶりだ。禅の簡素で華美を排するところに引かれたらしい。それは彼の製品に表れていると思う。伝記にも「シンプルにしろ」という表現が出てくる。

 京都が好きで、家族旅行などで何度も通い、俵屋旅館に泊まっていた。ジョブズ家では、子供がティーンエイジャーになると、好きなところに旅行に連れて行く取り決めがあったらしく、長男も長女も「京都に行きたい」と言ったという。伝記には、長女が西芳寺(苔寺)を非常に気に入ったという話が出てくる。

 和食も好きだった。なぜかという話は、今回の伝記にもほかの本にも出てこないが、彼(ジョブズ氏)は魚が好きだった以外は、生涯、菜食主義を通した。かなりの偏食で、ニンジンやリンゴばかり食べ続けたかと思うと、それもやめて1週間の断食をしたりする。それが体に良いと信じていたふしもある。苦行の末に法悦の境地に達するらしく、「食べ物を消化しない分、体にエネルギーがみなぎるんだ」と言っている。晩年、がんに侵されてから、医者にたんぱく質を取るように言われたが、彼(ジョブズ氏)は食べなかった。

◇黒いハイネックは「制服」

 起業する前後、彼(ジョブズ氏)は長髪で何日も風呂に入らなかった。彼自身が「そんな若者に誰も投資したくないよ」と述懐するほど。会社のPRをしたり、投資家に会うため、周囲に「良いスーツを買え」「髪を切れ」と言われ、少しずつ外見が整えられて、マッキントッシュ発売(84年)のころには青年実業家然としていた。

 アップル(を1度追われて)復帰後、しばらくしてからは、黒のハイネックが定番になった。理由の一つは、もう(投資家向けに)服装を気にする必要がない地位に上りつめたこと。もう一つは、日本の影響といえる。彼(ジョブズ氏)は日本の工場に制服があるのを見て、アップルにも制服を導入しようとしたが、社内の猛反対にあった。それで、自分だけの制服にしようと決めたという。伝記には、ソニー創業者の盛田昭夫氏に「(日本の工場では)なぜ、制服を着ているのか」と尋ねるシーンがある。彼(ジョブズ氏)は整理整頓されたものが好きで、初期にあったアップルの自社工場も、とにかくきれいにしろと言ったらしい。制服も、そういった整頓された美しさを求めてのことではないか。

 ハイネックは、日本人デザイナーの三宅一生さんのブランドの製品だった。彼(ジョブズ氏)はもともと日本的なものが好きだったことと、三宅さんを気に入っていたことから、購入したらしい。大量にまとめ買いをしてあって、伝記の筆者のアイザックソン氏にクローゼットを開けて見せたという。
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◇子供たちとの時間、短かった

 伝記は仕事の話が中心で、子供と家族の話はあまり詳細ではない。彼(ジョブズ氏)は、この本を出す最大の理由として、「子供たちに、自分がどういう人生を生きて、何をしてきたかを知ってもらいたかった」と言っている。「この本がなければ、自分の死後、いろいろな人が自分について書き、その中には間違いもたくさんあるはずで、それはいやだ」と。子供たちに本当の話を知ってもらうためには、自分が協力しなければということで、3年間で50回のインタビューに応じた。何を書くか、彼(ジョブズ氏)は口出しせず、ゲラも読まないと言ったそうで、妻のローレン・パウエルさんも「良い面と悪い面がある人だから、両方きちんと書いてほしい」と言ったという。

 学生時代のガールフレンドとの間に生まれた娘リサを当時、認知しなかったことについても、「自分は違うと思った。あの時認めてあげなかったのはよくなかったかな」という反省の弁が、今回初めて出てきた。妻のローレン・パウエルさんと結婚後、リサと一緒に暮らしたことがあり、親子の関係が修復されていたからだと思う。

毎日新聞 10月24日(月)12時12分配信記事より転載
by seiryouzan | 2011-10-25 08:23 | その他

サイパン国際礼拝堂(南溟堂)は、同教区、法類寺院前住職の秋田新隆老師が私財を投じ、
戦没者のみ霊を慰めるために21年前に建立された寺院です。
シュガーキングパーク(砂糖王公園)内に建てられていますが、前回伺った際には無かった防犯フェンスが取り付けられていました。お聞きすると、心ない人に侵入され、仏具など壊されてしまったそうです。
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秋田老師は10年間に亘るハワイ・大正寺(ヒロ)の任期終了後、南溟堂を護持するためご夫妻で2年前サイパンに移住されました。
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慰霊法要を営ませていただきました。御詠歌は「梅花観音南溟堂御詠歌」「平和祈念御和讃」詠題、詠頭の秋田老師と共に奉詠させていただきました。
ご本尊は「慈母観音菩薩」ご夫婦で毎朝掃除をして御詠歌を奉詠しているそうです。須弥壇含め、どれもまるで新品のようにピカピカの輝きを放っていました。お堂へのご夫婦の真摯な愛情が感じられました。
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ちょうどこの日、長野県上田西高校の修学旅行生220名の拝観がありました。
私を含め「戦争を知らない人間」が大半を占める現在、悲しい歴史の事実、陰と陽を重ね持つサイパンを心に留めて欲しいと願います。
「青い空、青い海、そこには平和の色以外何もない、地球をつつみこむ青い色、世界は一つだと教えているのだ。詠み人知らず サイパン島で戦死した日本兵の詩」 撮影アメリカンメモリアルパークにて
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by seiryouzan | 2011-10-23 21:00 | 行事や法要

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最古の仏教教典といわれるものに、「スッタニパータ」があります。そのなかで何度も繰り返し用いられる言葉があります。それは「犀(さい)の角のようにただ一人歩め」という言葉です。道というものは仏道に限らず、相当な自覚が必要であることは間違いありません。ある意味とても孤独な道といえるかもしれません。挫折してしまいそうになったとき、じっと耐える忍耐力、またつらさを乗り越えていく大きな勇気が求められるかもしれません。

特に初期仏教においては、二百五十以上もの戒律を守っていかなければならないという厳しさがありました。したがって、周りの様々な誘惑から逃れて修行に専心せよということで、「犀の角のようにただ一人歩め」と説かれたのだと思います。

現代に生きる私たちにも、「犀の角」の精神は大切なことだと思います。いろんなメディアから様々な情報があふれかえる中、個人の存在感を保つには、自覚が必要です。また自覚があれば、どのような環境の中でもしっかりと自己を見つめて生きていくことができるでしょう。

続きは曹洞宗大本山總持寺伝道標語へ
by seiryouzan | 2011-10-13 19:33 | 大本山總持寺今月の伝道標語

秋 梅花特派講習会

桃原寺さまに於いて『梅花流特派講習会』が開催されました。
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岐阜県加茂郡白川町、臨川寺御住職・加納明義特派講師をお迎えし、約100名の梅花講員さんが研鑽されました。
9時半開講式に引き続き、午前中2時間、午後2時間の講習でした。
まず法具の取り扱いや注意点を丁寧にご指導してくださいました。
「聖号」は半音部分の注意点について「紫雲」は細かい特別所作等「四摂宝御和讃」意味を詳しく「まごころに生きる」をお唱えして終了しました。
しっかり忘れ去ってしまったことなどなど・・・ありますね~(汗)
『唱え手の気持ちが備わればお唱えが変わる』胸に刻ませていただきます。
一日ありがとうございました。合掌。
来年3月の管内梅花講習会は当院が会場になっています。よろしくおねがいします。
by seiryouzan | 2011-10-13 19:26 | 梅花

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(CNN) 
以下Yahoo!ニュースより引用
ジョブズ氏の革新に影響を与えた思想とは―― 日本の禅僧と長年の交流
5日に死去した米アップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏が手掛けた製品は、パーソナルコンピューターの「マッキントッシュ」から多機能携帯端末「iPad」に至るまで、ミニマリスト的デザインとシンプルな操作性が特徴だった。

ジョブズ氏のこうした革新的なデザインには、禅の影響があるのではないかと指摘する声もある。

ジョブズ氏は若いころインドに旅して仏教に触れ、1970年代にカリフォルニア州の禅センターに通って、日本出身の禅僧、故・乙川弘文氏と交流を深めたといわれる。乙川氏はジョブズ氏の結婚式を司り、86年にジョブズ氏がアップルのCEOを解任されて設立した「ネクスト」の宗教指導者にも任命されるなど、2人の交流は長年にわたって続いた。
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                    故 乙川弘文氏の略歴(1938年 - 2002年)
1938年(昭和13年)、曹洞宗の寺に生まれた。駒沢大学を経て、京都大学で修士号(大乗仏教)を取得した。福井県の永平寺で3年に及ぶ修行を積み、1967年(昭和42年)、僧侶・鈴木俊隆の招きでアメリカ合衆国に渡った。タサハラ禅マウンテンセンターにて、1970年まで補佐を務め、1971年に鈴木が死去した後には、ロスアルトスの禅センターにて、1978年まで活動した。その後も各地にて活動していたが、2002年7月26日、スイスにおいて、5歳の孫娘を助けようとして溺死した。
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詳しくは"gratefully remembering Kobun samaへ

ジョブズ氏と乙川氏との交流は、フォーブズから近く出版される劇画小説「The Zen of Steve Jobs(スティーブ・ジョブズの禅)」に描かれている。フォーブス誌
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ジョブズ氏がスタンフォード大学で2005年に行った有名な講演をはじめ、同氏の発言の中には禅の自力本願の思想が反映されている。講演でジョブズ氏はこう語った。「過去33年間、私は毎朝鏡の中の自分に向かって『もし今日が自分の人生最後の日だったら、今日やろうとしていることをやりたいと思うだろうか』と問い掛ける。そして答えが「ノー」の日が続いたら、何かを変えなければいけないと思う。自分はいつか死ぬと思い続けることは、私が知る限り、何かを失うかもしれないという思考のわなに陥るのを防ぐ最善の方法だ。」

座右の銘の「Stay hungry. Stay foolish.」は知られていますが、『仏教には「初心」という言葉があるそうです。初心をもっているのは、すばらしいことだ。』など、若い頃から禅に傾倒した仏教の実践者であり、社内のプレゼンテーションでは必ず合掌してから始めたという。
スタンフォード大学での伝説のスピーチのほとんどが禅の教えそのものであり、
ジョブズ氏の不屈の精神(心)を支えていたのは、曹洞宗開祖道元禅師さまであった事実が広く世界に知られた機会がジョブズ氏の『死』であったことは残念でなりません。心よりご冥福をお祈りいたします。

スタンフォード大学卒業式スティーブ・ジョブズ氏 演説 スピーチ ノーカット版
ー追記ー10月6日
Wikiより抜粋
日本にも彼のファンは多い半面、日本のPCメーカーのことを「海岸を埋めつくす死んだ魚」と表現する(ただし、これは日本のメーカーに対してではなく、日本のメーカーが大量の商品攻勢をかけられる可能性を作ったPC/AT互換機に対する揶揄であるとも言われている)など、辛辣な一面を見せることもある。ジョブズ自身は日本の文化に関しては関心も高く、日本食を好み、特に蕎麦が好物である。アップル本社の食堂Cafe Macsにはジョブズが考案したという「刺身ソバ」なるメニューがある。Cafe Macsで働く日本人スタッフの女性は、ジョブズのために築地で本格的な蕎麦打ちの修行をしたという。


さらに付け加えると「漆器(JAPAN)」を好み使われていたようです。
全ての生活において「日本」を「禅」を実践されていたといっても過言ではないでしょうか。
私達日本人が何処かに置き去りにしてしまった大切な「日本」をジョブズ氏が見いだしていたとするならば、
いま一度「日本」を見直し、「禅」を知るチャンスなのかもしれません。

ー追記ー10月7日
ジョブズ氏伝記、ソニー・ピクチャーズが映画化に向け交渉か
Yahoo!ニュースへ
by seiryouzan | 2011-10-10 22:44 | その他

臭木(くさぎ)の果実

名前の由来は、葉っぱを揉むと特異の香りがあると聞き、揉んで嗅いでみました・・・う~~む、初めて嗅いだ香りですね。
萼は色鮮やかな濃紅紫色です。花びらと見間違うくらいです。
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8月に咲く花びらは白色。画像はWikiより拝借
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織り姫Kさんに教えていただいたのですが、この臭木の実は染料として使われるそうです。画像はwikiより
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by seiryouzan | 2011-10-10 12:56 | 境内の植物

金木犀(キンモクセイ)

境内や書院裏手で甘い芳香を放ちます。秋本番を伝える代表選手の常緑樹です。
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オレンジ色の小さな花を幾つも咲かせています。
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米粒大の可愛らしい花弁が肩を寄せ合っています。
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強い芳香なので厠(かわや)の横に植えられた時代があり、また近年ではWCの芳香剤として金木犀の香りが多く使われ過ぎてWCを連想する人もいらっしゃるとか・・・?
by seiryouzan | 2011-10-09 11:57 | 境内の植物

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「原発を選ばない暮らしを考える機会に」と話す西田正法さん(右)ら=永平寺町の大本山永平寺で
下記中日新聞より引用
脱原発に対する議論が巻き起こる中、曹洞宗大本山永平寺(永平寺町)が、原発問題を考えるシンポジウムを11月2日午後一時から、永平寺町山の「四季の森文化館」で開く。永平寺が原発関連の催しを開くのは初めて。布教部長の西田正法(しょうぼう)さん(56)は「原発は使用済み核燃料という負の遺産を後世に背負わせる。それは、すべての生物や自然を慈しむ仏教の教えに反する」と話している。

 シンポのテーマは「いのちを慈しむ~原発を選ばないという生き方~」。曹洞宗の教えを市民に発信するための寺内組織で、西田さんが所属する「禅を学ぶ会」が企画した。命を重んじる考えのもと、これまで原爆に関する映画上映や展示会などを開いてきたが、東京電力福島第一原発事故を機に「原発のある暮らしを見つめ直しては」との思いで、テーマを決めたという。

 県内を拠点に長年、反原発運動に携わる小浜市の明通寺住職、中島哲演(てつえん)さん(69)と、福島第一原発事故の計画的避難区域内にある福島県飯舘村で酪農を営んでいた長谷川健一さん(58)が講演。作家朴慶南(パクキョンナム)さんの司会で、二人によるパネル討論もある。

 西田さんは「原発批判だけが目的ではない。電力をたくさん使う、便利すぎる生活は必要か、考える機会にしてほしい」と話している。

 定員四百人、入場料五百円。問い合わせは禅を学ぶ会事務局=電0776(63)3456=へ。 (古谷祥子)


以下東京新聞より引用
永平寺、脱原発シンポへ 「後世に負の遺産は慈しむ教えに反す」
国内最多十四基の原発が立地する福井県にある永平寺(永平寺町)が、脱原発の視点から生活や生き方を考えるシンポジウムを十一月二日に開く。永平寺が原発関連の催しを開くのは初めて。布教部長の西田正法(しょうぼう)さん(56)は「使用済み核燃料という負の遺産を後世に背負わせる原発は、すべての生物や自然を慈しむ仏教の教えに反する」と話している。

 シンポのテーマは「いのちを慈しむ~原発を選ばないという生き方」。西田さんらはこれまでも、原爆に関する映画上映や展示会を行ってきたが、福島第一原発事故を機に「原発のある暮らしを見つめ直しては」との思いでシンポを決めた。

 長年、反原発運動に携わる福井県小浜市の明通寺住職、中島哲演(てつえん)さん(69)と、福島県飯舘村で酪農をしていた長谷川健一さん(58)が講演する。二人は作家朴慶南さんの司会で討論もする。

 原発で使い終わった廃棄物は高濃度の放射性物質を含むが、再処理する核燃料サイクルも、埋め立てる最終処分場の建設地もめどが立っていない。西田さんは「原発批判だけが目的ではない。電力をたくさん使う便利すぎる生活は必要かを、考える機会にしてほしい」と話している。

 シンポは午後一時から、永平寺町の「四季の森文化館」で。定員四百人、入場料五百円。問い合わせは永平寺の「禅を学ぶ会」事務局=電0776(63)3456。

by seiryouzan | 2011-10-08 13:48 | 福島原力事故関連